＜広島８人殺傷＞容疑者、仕事観や言葉の壁で鬱屈か

　広島県江田島市のカキ養殖水産会社で８人が殺傷された事件で、殺人容疑で逮捕された中国人技能実習生、陳双喜（ちんそうき）容疑者（３０）が県警の調べに対し、「自由がなかった」と供述していることが捜査関係者への取材で分かった。２１日で事件発生から１週間。県警は、仕事に対する考え方の違いに言葉の壁が加わり、一方的に不満を募らせたとみて調べている。

　事件は１４日午後４時半ごろに発生した。「川口水産」社長の川口信行さん（５５）と従業員の橋下政子さん（６８）が刺されるなどして死亡、他の従業員６人が負傷した。

　全国シェアの６割を占める広島カキの生産現場は、外国人技能実習生が支えている。主要生産地である江田島市の人口は、０４年末から約１５％減少し、今年２月は約２万６０００人になった。一方で外国人登録者は０４年末の３１４人から５２４人と１．６倍に増加。このうち中国人は２６１人で、大半は技能実習生とみられる。

　地元業者らによると、川口水産がある切串（きりくし）地区には中国人実習生が８人いるが、同社は陳容疑者１人だけだ。実習生仲間の男性は事件数日前、一緒に酒を飲んだ陳容疑者が「いつも一人。寂しい」とこぼすのを聞いた。

　冬場は日の出前に船で沖に向かい、いかだからカキをつり下げているワイヤを引き上げる。その後は夕方まで、カキの身を殻からむく作業が続く。県警幹部は「仕事の受け止め方が違うため、日本人にとって当たり前のことが過酷に思えるのではないか」と推測する。

　殺害された川口さんは従業員を食事に連れ出すなど、面倒見の良さで知られていた。事件の約１０日前にも、５月に帰国する陳容疑者の慰労会を開いたという。一方で仕事は厳しく、陳容疑者は「社長が怖い」と周囲に話していた。

　県警は会社２階に住み込んでいた陳容疑者の部屋を捜索し、ノートやメモ帳など４５品目を押収した。捜査関係者によると、日本語の会話や生活用語が記され、日本語を覚えようと練習していたとみられる。しかし、十分な意思疎通はできなかった。中国人実習生３人を抱える同県呉市のカキ養殖業の男性（４７）は「厳しく叱ることもあるが、彼らには怒鳴られる理由が分からないだろう。誤解が増えて会話が減ると、孤立する。しかし、相談先が分からない」と嘆く。

　法務省によると、技能実習生は１１年末時点で約１４万２０００人、うち中国人は約１０万７０００人。１０年の入管法改正で労働関係法令が適用されるようになったが、対応は事実上現場任せという。

　陳容疑者を川口水産にあっせんした協同組合は、生活支援のため毎月１回は通訳を巡回させていたが、異変は把握していなかった。受け入れ企業を支援する「国際研修協力機構」（ＪＩＴＣＯ、東京）が開設している中国語の電話相談も周知されておらず、江田島にいる複数の実習生は「存在を知らない」と話した。江田島市は、ごみの出し方の中国語版説明文を業者に配った程度という。

　実習生を支援している労組「スクラムユニオン・ひろしま」（広島市）の土屋信三委員長は「日本人と外国人では、仕事の考え方や食文化などが全て異なる。行政機関は相談の場を設けるなど仲介役を果たす必要がある」と指摘する。【黄在龍、石川裕士】